3 変体

月にはうさぎがいる。今私の目の前にも、月から来たうさぎがいる。



「ねえねえ、今日月面着陸の日らしいよ。すごいね〜」

 フローリングに直で横になるという堕落スタイルでテレビを見ていたうさぎが、顔も向けずこちらに話しかけてくる。いや、月に住んでるうさぎがする世間話のチョイスじゃないでしょ。

「え〜、うさぎにだって適当な話させてよ」

 つくもちゃんはきびしいなあ、なんて言いながらうさぎは体を起こす。そのまま、隣の机に置きっぱなしにしていたノートパソコンを開く。慣れたものである。

「今日も借りるねえ」

「別にいいけど、いつもパソコンで何してるの?」

 うさぎが我が家に来てからしばらく経つが、その間、うさぎは毎日のようにパソコンに向き合っている。

「調べ物とTvvitterとYovtvbe」

「まじで趣味がない人の休日じゃん」

「あと株とFX」

「そっち後付け?! 元手は?!」

「つくもちゃんからもらった食費〜」

 うさぎには料理を作ってもらうという条件の上、居候として私の家にいることを許可した。
 最初の2、3日は見張っていたが、なにか悪さをする様子はないため、月の食費をほぼそのまま渡すようにしたのだ。

「それでご飯食べられなくなったら、あんた日雇いバイトでもしてきてよね」

「大丈夫、うさぎの魔法で市場を読んでるから絶対負けないよ」

「ずるじゃん……」

 月から来たうさぎというだけで設定として十分だと思うが、うさぎはなんと魔法も使えるらしい。実際どんな魔法が使えるのかはあまり教えてくれないが、今回のことで、金融市場を読むことすらもできることが判明してしまった。

 「うんまあ、ずるっていう自覚はあるんだよねえ。人間社会を混乱させたいわけじゃないから、ちょっと豪華なご飯を2人で食べれるくらいにだけ、増やしてるの」

 魔法、便利すぎる。

「それにしても、よくそんな方法知ってたね」

「広告みたいなので見てね、いいじゃーんって思って始めてみたんだ」

 しばらく一緒に暮らしていて気づいたが、うさぎは勉強家だ。
 なにか目標があるわけではなさそうだが、知識を吸収すること自体が楽しいような顔をしている。

「うーん、今日のお小遣い稼ぎ終了! 本も借りる〜」

「いいよ、好きだね」

 それから、本が好きらしい。いつも、出張中のお父さんの部屋の本棚から好きに引っ張ってきては、珈琲を飲みながらニコニコ読んでいる。

「うん、月でも本は読めるからね。地球の本も、結構読んでるほうだと思うよ。そうでなくても、地球の文化は好きだからね〜」

「ふうん」

 部屋を出てからしばらくすると、うさぎは本を片手にリビングに戻ってきた。

「今日はだんかず〜」

「『お』くらい言ってあげなよ」

 てへ、なんて言いながら、台所に向かう。

「つくもちゃんもいるよね」

「うん」

「了解〜」

 うさぎは慣れた手つきで珈琲豆を手に取り、準備を始める。



 …………。

 あんなに嫌だと思ったうさぎとの共同生活が、とても便利なものに感じてきている自分がいる。
 いや絆されるな、相手はうさぎだぞ。いやいや相手はうさぎってなんだ? うさぎ……本当にうさぎなのか……?

 うさぎはうさぎを自称しているものの、実際にうさぎである証拠を見せてきたことはない。いやうさぎである証拠ってなんだ? うさぎはそもそもうさぎ型では? うさぎ型って何?

「つくもちゃんって、聞くべきものに限って聞いてこないよね。僕はうさぎだよ〜」

 うさぎは台所にいるため、こちらに顔だけ向けて話しかけてきている。

「私そんなに顔にでてる……?」

「顔に出るほうではないと思うけど。普段無表情で、なんも考えてないでいるでしょ? だからちょっと表情変わるだけで、あ〜ってなる」

「なんか普通に馬鹿にされた気がするけど」

「悪いことではないよう」

「馬鹿にしたことは否定してなくない?」

 うさぎは、よくわからないリズムの口笛を吹いた。嘘をつきたくないっていうのは、本当なのかもしれない。こんなところで信念を貫こうとするな。

「ちなみに、うさぎの形状にはなれるよ」

「なれるの?!」

「うさぎだからね」

 そう言われたらそうかもしれない。え? いやそうか? いやそういうものか?
いや、わからないものを、わかる前提で考えても無意味だ。

「じゃあ見せてよ」

「いいよ〜」

「思ってた以上に軽い!」

「別に、変体することは構わないんだけどさ。本当にうさぎなのか〜って怪しむつくもちゃんが見れなくなるのは、ちょっと寂しいかなって」

「人を面白がるな」

 趣味が悪い。

「まぁまぁ。はい、つくもちゃんの」

 うさぎは珈琲のはいったマグカップを、私の前にある机に2つ置いた。

「ありがと」

「いえいえ〜」

 私個人としては、ホットの飲み物は熱いくらいのうちに飲むのが1番美味しいと思う。置かれた珈琲を持ち、そのまま口に含む。砂糖と牛乳の割合が、好みの通りになっている。ぶっちゃけめちゃめちゃ美味しいのだ。うさぎ、こういうところがずるすぎる。
 3分の1くらい一気に飲んで、マグカップを置く。

「おいしい?」

 うさぎの問に、悔し紛れに「まあまあ」なんて返そうとして目線をやると、うさぎは居なくなっていた。

 その代わりに、うさぎがいた。

「うさぎうさぎってややこしいねえ」

 うさぎがなんか言ってる。うさぎが言ってる? うさぎ?

 このうさぎ、うさぎらしいうさぎの姿でない。いや姿はうさぎなのだが、その、二本足で立っているのだ。
 らしいと言うのは、腹のようなもので足元が見えなくなっているからである。ペンギンのように立っているといえば、わかりやすいだろうか。また、腕もペンギンのように横に生えているのだが、その腕が長い。足と一緒に、腹の下に隠れている。

 よく観察すると、本当にうさぎか?という気もするが、生えている長い耳と、顔の形はよく知っているうさぎと同じなのだ。
 うさぎかと言われたら悩むが、うさぎじゃないとしたらなにかわからないような、そんな見た目だ。

 言われているとおり、うさぎと言っていいのか?これが宇宙のうさぎの姿ということなのか?

「つくもちゃん、予想通りめちゃ驚いてくれて面白いなあ。僕だよ〜うさぎだよ〜」

「……うさぎは自分のこと、うさぎって、言わない……」

 自分でもわかるくらい、絞り出したような言葉である。

「でもうさぎじゃないものは、自分のことうさぎって言わなくない?主張できるうさぎでありたいよね」

「よく喋る口だ……」

「悪役みたいになってるよ、つくもちゃん」

 うさぎ(うさぎ)が、うさぎ(人間)の声で、うさぎ(人間)と同じようなことを話している。これはなんというか、うさぎである。

「触ってみる?」

「うん」

 聞かれた通り、素直にうさぎに触れる。ふれあいコーナーのうさぎよりも、ちょっと硬い毛並みをしている。野生みを感じる。

「見た目はつくもちゃんの知ってるうさぎと違うかもしれないけど、ちゃんとうさぎだよ。今ここでジャンプしたら、おうちの屋根破っちゃえるよ」

「うさぎにそんな脚力はない!」

「これが月のうさぎなんだよな〜」

「月の方が重力弱いのに?」

「あ、そうなんだよね。だからうっかりでジャンプしちゃわないように、こんな体型になってるんだよ〜」

「知りたかったような、知りたくないような知識だ……」

 んふふ〜、とうさぎは笑う。笑うと言っても、声が笑っているだけである。表情はずっと変わらない。怖い。

「満足した?」

「しました……」

 するしかない。

「あい。ということで、うさぎでした〜」

 言うが早いが、次の瞬間にはもとのセーラー服の女の子に戻っていた。変体をしたという認識をする間もない。まるでマジックだ。

「戻るの早い……」

「うさぎになるほうが『戻る』なんだけどね」

 噛み合わない返しをされる。

「これ以上やってると、珈琲が冷めちゃうからね。せっかく淹れたから美味しいうちに飲んで〜」

「うん……」

 本当に何事もないように対応されると、ついていけなくなる。うさぎがうさぎになるのは慣れたものかもしれないが、普通の人間には刺激が強いんだぞ。

 私が珈琲を飲みきる前に、うさぎは本を読み始めてしまった。勝手に、普段通りの生活に戻っている。声をかけやすい雰囲気ではない。

 そしてまた、どうするのが正解か分からない私も、スマホを手に持ってしまう。イヤホンを着け好きなバンドの曲を流すが、頭には入ってこない。そりゃそうだ。

 とはいえ、そもそもうさぎを理解しようとすることなんてこと自体、おかしなことだ。嘆息し、この一連の出来事を、頭の中の『考えても分からないフォルダ』に分類する。考えることを諦めるときの、いつもの手段である。


 うさぎがうさぎであることは、信用せざるをえないらしい。うさぎであることが信用に繋がるかは、置いておいて。
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