2 存在

 夢の中で月へ行った。変な夢だった。目を開けたら、うさぎが沢山いる月に、家ごとワープしていたのだ。どうしようもないからと普段通りすごしていると、気がついたらうさぎに囲まれてて。最後には杵で叩かれ、痛みで目が覚めた。もうずっと前に見た夢のはずなのに、私はその夢を忘れられずにいた。


 紫色のロングヘアを2つ結びにして、学生でもないのにセーラー服を着ている。夏だというのにカーディガンと黒タイツを身につけていて、見てるこっちが暑苦しい。1000万歩譲ってそれだけならまだしも、履いているのは上履きであるため、本当にヤバい人みたいだ。まあ人でもみたいでもないらしいんだけど。
 この見るからにヤバいのが、自称月から来た、自称うさぎである。今は何故か、私の家のダイニングテーブルでお茶をすすっている。

「どうしたのつくもちゃん、そんな目で見られたら僕照れちゃうよ」

「どんな目に見えてるの。別に、あんたの格好が暑そうだなって思っただけ」

「まあ人間から見たらそうだよねぇ。でもこれ、ただ魔法で擬態してるだけで、全部僕の本体だから気にしないでいいよ。あと、さっきからずっと、僕が本当にうさぎかな〜って目をしてたじゃん」

「なんでわかってて照れたの……」

「熱い視線はそれだけで照れちゃうよ〜、僕は暑いの得意じゃないもん」

「じゃあ他の服にしてよ、せめてタイツとカーディガンだけでもやめてよ」

「この服が1番かわいいから変えな〜い」

 少し会話しただけでわかるが、どう考えても頭のおかしな人である。ちょっとずれた返答をしつ、私の表情を読んできてる感じが気に入らない。そもそもここは私の家だぞ。

「あのさ、見た目無害そうだったから、うっかり家に入れちゃったけど、なんで私の名前とか知ってるの? うさぎだからとかいう気が触れた理由はいらないからね」

「うさぎだから」

「話聞いてた?」

 対話によってコミュニケーションを取ろうとした、私の方がよくなかったか?
 さすがに申し訳なさを感じたのか、ごめんって、って軽く言ってうさぎは続ける。

「聞いてるよう。でも本当にそうなんだもん。この服を着てても暑くないのも、名前を知ってるのも、おうちを知ってるのも、全部うさぎだからだよ。うさぎはすごいからね」

「……あんた、うさぎって知ってる? 画像検索で見せてあげようか?」

「地球のうさぎと一緒にされちゃ困るよ、月のうさぎはうさぎ界の頂点に立つもの。そして僕は月のうさぎ界の頂点近くに立つものなんだからね」

「ここまで言って頂点ではないのか……」

「嘘はつけない性分でして」

「どの口でそれ言ってる?」

 本当なんだからしょうがないじゃん〜と口をとがらせるうさぎ。

「まあもういいけど、急に暴れだしたりはしないでね。飽きたら帰って」

「そうもいかないんだよね」

 うさぎは突然立ち上がり、姿勢をぴんと伸ばして、私の前に立った。

「つくもちゃんは夢だと思ってるみたいだから、思い出させてあげる。ちょっと我慢してね、人間」

 そういって、うさぎは……
 背中から杵を取り出した。

「いやどういうシステム?! それでどうする気?!」

「一瞬で済むから」

「いや痛いわ!」

 恐ろしいことを真顔でしようとするな!

「え~じゃあ、どう? もう私がうさぎだって信じた?」

「それは……」

 私は例の変な夢を、誰かに話したことは無い。それを知っているのは私しかいないはず。しかし、その夢が夢でなかったら?知っているのは、私とあの場にいたうさぎ達だけだ。突拍子もない話ではあるが、あの夢を見た時、痛みで目が覚めたのは事実だ。簡単に否定はできない。

「ねね、もう話うつっていいよね?」

「納得するにしても時間がかかるから、配慮してもらえない?!」

「めんどい……」

 自分本位がすぎる。

「あ、じゃあさ。あの時つくもちゃん、杵で頭ブッ叩かれたじゃん。あのとき杵で叩いたの私だから、もっかい叩けば多分納得「じゃあもう、とりあえずうさぎってことでいいよ。じゃあ次にさ、うさぎさんはなんでここに来たの?」

 うさぎだろうがなんだろうが、まず知りたいところである。見覚えのない女子高生(みたいな格好の子)が満面の笑みを浮かべ、私の名前を呼びながら窓を叩いてきたのが10分前くらい。さすがにわけが分からない状況だったから、近所の目も考えて、うっかり家に入れてしまったのだ。

「ああうん、つくもちゃんさ、前に月に来ちゃった時、家ごと来たじゃん?なんか、その時から月に繋がりやすくなっちゃったみたいでさ」

 既に話が頭に入ってこない。月に繋がるって何?

「だから、お散歩してたらうっかり来ちゃった」

「うっかりで来ちゃうものなの?!」

「つくもちゃんもそうだったじゃん」

「それは……え?! いや多分間違ってはないけど、そういうカウントになるの?!」

「うん。よそ見してて、落とし穴みたいなのに、しゅぽんって」

「うちの家って月の落とし穴に繋がってるの?!」

「月ではちょっとした観光地として、よく穴を覗きに来るうさぎがいるよ」

「うちの家うさぎに覗かれてるの?!」

 本当に頭のおかしい人の妄想でもでてこないような、衝撃的な話のオンパレードである。うちと月が繋がってるどころか、勝手に観光地になってるってまじ?

「いや〜今日から夏休みなのに、ついてないなって思ったよね」

「地球に来ちゃったことついてないで済ませていいの?!」

「いいよ別に」

 いいんだ……。

「まあ気持ち的な問題はないんだけどさ、夏休みになっちゃったから、繋ぎ目を管理する人が誰もいなくて。すぐには帰れないんだよね」

 話が急に不穏な感じになってきたな。

「だから〜、知り合いのよしみってことで、しばらく泊めて?」

「よく杵で叩いただけの相手を知り合いと言いきったね?!」

 嫌すぎる。別に、パーソナルスペースが云々とかはあんまりない方だと思う。
 それでも、他人、しかもうさぎを自称する気の触れた女を、しばらく家に泊めるのはきつい。

「嫌って言ったら?」

「困る」

 思ったよりノープランなうさぎだ。

「だって帰れないんだもん、どうしようもないんだよ〜! お願いお願い!」

 わりと勢いだけで攻めてくるタイプだ。

「いや、家族がどういうか分からないから……」

「ねえええ〜つくもちゃんのご家族が年単位の出張で、今は遠くにいること知ってるよ!」

「うさぎの監視めっちゃ怖い!」

 本当に見られてるやつじゃん! こんな所でうさぎの話を信じたくはなかったな!
 てきとうな嘘で言いくるめることは出来なさそうだ。

「え〜……どんなにねだられても、実際もう1人を何日も賄うほどのお小遣いなんてないよ。だから無理」

「大丈夫! うさぎなので庭の草と水道水さえくだされば、とりま生きていける!」

 草食動物ずるすぎる。逃げ道がどんどん無くなっていく。

「じゃあもうわかった、ここにいてもいいよ。その間、私はおばあちゃんちに泊まるから。戸締りだけしっかりしてくれればいいから」

「え?! やだ! つくもちゃんもいてよう」

 最大限の譲歩を秒で斬り捨てやがる。

「そのくらい我慢できるでしょ、泊まる家があるなら十分じゃない?」

「うさぎは臆病なので……」

「どの口が言うの?!」

 臆病なやつは他人にいきなり泊めてとか言い出さない!

「ねえだから見捨てないでっ、動物愛護団体に訴えるぞ」

「それはお願いじゃなくて脅迫だ!」

 臆病なやつは脅迫をしたりしない!

 話し合いは平行線である。うさぎが1ミリも譲歩をしてこないから、どうしようもできないのだ。
 さすがに相手なんてしてられない。はっきり断って、出ていってもらおう。
 そう決めてうさぎの顔をみると、向こうも真剣な顔をして、

「僕、家事できるよ」

 こうして少しの間の、うさぎとの同居が始まった。
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